蛇子(ジャゴ)の生まれた話

大正八年ごろの話であるが遊子谷のある家に二二歳の美しいお嫁さんがいた。
家の主人が居ない時には見たこともない美男子が来てお嫁さんと話をしていると次第に眠くなって夢を見て、ぐうぐう眠てしまったのであるが、そのうちにお腹がだんだん太り始めた。
胸がむかついて梅干や柚子等がとてもたべたくなり朝晩酸性のものばかり食べてご飯は余り食べたくない。
時には、げえっと言って食べ物が皆出てしまったこともあった。
日が経つにつれて、お腹はとても大きくなって十月十日するとじん痛が起こった。
いよいよ子供の出産でお湯を沸かして、たらいを準備した。
ところが出産し始めたのは長いぶどうのようにつぶつぶになって居り、附近の人々もこれはぶどう子というもので、たらいを七つ取り替えねばならないと言う。
七つのたらいを準備して少し生まれるとすぐにたらいを取り替え、七つのたらいが終われば出産は終わったがお嫁さんはぐったりとして弱ってしまった。
こんな話は六〇歳位までの人はホントにしないのであるが、六〇歳以上の人は知って居られるだろう。
大正一三年にもこれと同じような事実があった。
川の渕の上に人家があって六〇歳位のやもめさんの家へ後入さんが来ていた。
この後入りさんも主人がいないとき、ねむくなって、ぐうぐうぐうと眠ってしまった。
こんな毎日が繰返されているうちに少しずつお腹がふくれ始めた。
すると御主人はとても喜んでこの年になって赤ちゃんが生まれるとは、と言って出産の日を待ちわびていたが、月日の過つのは早いもので出産の月日が近づいた。
筆者が見た妊婦は青ざめており弱々しく思われた。
いよいよ出産の日が来てじん痛が起こり始めた。小児を洗うお湯を沸かして待っていると、前者のように長い紐のようなものに、ぶどうのような物が出はじめた。
驚いたのはお手伝いの人達ご主人も青くなりぶどう児ということを感づいた。
次々にたらいを七個まで準備して七回取り替えた。七たらい生んだのは蛇子で、渕から蛇が通っていたことが判明したのである。
その婦人(後入)は出産と同時にぐったりと倒れ込み死亡してしまった。
近年はこのような話は全然なくなり、うそのような話である。
女は一人で山で寝たりまた川でねむられないと今でも話している。
昔は川の渕の付近では小便はせられないと話していたが、現在ではこのような話はなくなった。
深い渕にも蛇は住みにくいのだろうか。
また環境が汚染されると我々人間もこんな付近がいやになる。
河川や山林をもっともっと美しくしたいものである。



