水ケ峠恵美須様の話

水ヶ峠向かって右の谷合いの奥に、恵美須様を祀る社がある。
現在は社も老朽し倒れかかっている。
この神の由緒は不詳であるが社の周囲には、何百年も経た老杉が四、五本ある。
これを見れば相当古くから祀られていたものと思われる。
今もその神木を伐る人はない。
ところが不思議な恵美須様で、お宮を下蔭向に建てられていた事がある。
その当時は、下陰地区は火災とか悪病とか災難が相次いだが、山向の窪野地区は大変運のよいことばかり続いていた。
そこで占師によって占ってもらったところ、この恵美須様は福を後へ投げ飛ばされるので、「お宮の向を替えよ」とのお告げが出た。
そこで直ぐ様お宮を窪野向きに建て替えたという。
それから全く反対に下陰地区に運がよくなり、窪野地区は運が悪くなり苦情さえ入ったとされる。
現在の社は昭和四、五年ころ建てられたものである。
祭日は秋の社日であった。当日は毎年宮司を雇い祭典を行い、部落全員集まって参拝し、総ごもりを行っていた。
また宮相撲を行い、遊子谷及び窪野、土居方面からも力士をはじめ多数の参拝客があり、雨包山の恵美須様に次ぐ賑いであったという。
また甘酒、カイボシその他の露店も四、五軒は並ぶ盛況であった。
この行事は終戦ごろまで細ぼそと続いていたようである。
今はお宮も老朽し昔日の偲はなくなっているが、下陰部落としては社も建て替へ、祭り行事も復活し、信仰心を育てたいものと思っている(中山芳男談)。



